たとえば明日とか

たとえば明日とか死ぬ

好きなんだ聴力ぐらいくれてやるよ

昨日の夜わたしは呑気に15年近く続いた不倫関係を清算したあと片耳が聞こえなくなったという母の友人Sを思い出していた

大学を出て会社に入って恋愛をして、生涯添い遂げる人を周りが見つけていく中で、友人Sはある意味ずっと1人だけのために存在していたのだろうと思う

白石一文の文章で、1番自分を知っている人を亡くすというのは自分の半分が失われたのと同じなのだ的な話があったけど、死んではいないにしろそのように彼女は自分の半分、もしくはそれ以上を失ったのだろうと考えた

自分の半分をなくしたらそりゃあ片耳ぐらい聞こえなくなるわなと思ってたけど翌日まさか自分の耳が聞こえなくなるとはね!!!!!!!!しかも振られるのかもと勝手に思っていただけで実際は振られてすらいないし。

 

まあでもなんというか今までの彼氏でも同じようなことはあったからそう驚きもしなかった

だいすきで嫌われたくなくてそんなことしても意味はないこともわかってるのに、食べたものを全部吐いたり痩せたり急激に太ったりして結局相手も自分もズタボロにして別れるというのがいつものパターンなのだ

体重はいくら失っても構わないが聴力を失うとは新しいな、、、くらいの感じ

しかし流れ星がたくさん見えるという日に、これから先どんなにつらくて悲しくて嫌なことがたくさんあるとしてもずっと一緒にいたいと願ったわたしがいるのだからいたしかたない

そしていま流れ星が見えても同じことをお願いするだろうと思うし

だから後悔はしない、仮に別れることになったとしても絶対にしあわせになっていつか、耳が聞こえなくなっちゃうぐらい大好きな人がいたんだと笑ってやろうと思う

本能がもうこの男と離れてくれと思って嘔吐を止まらなくしたり耳を聞こえなくしたりしていること知っているがぜっっっったいに別れねえからな!!!!!!!!覚悟しろよな本能!!!!!だって好きなんだもんしょうがないよ