たとえば明日とか

たとえば明日とか死ぬ

呪いはとけた

わたしにはしあわせになる権利がある

知らなかった。本当に知らなかったのだ。

どうせこんなバカみたいな顔をした馬鹿な女はその辺で野垂れ死ぬのだろうと思っていた

十数年間でそういう呪いにかけられた

体も売ったし誰彼構わずセックスしてズタボロの恋ばっかりでもう死のうと思っていた

だってわたしは間違っていて、いらない人間だし

5年くらいかかったけどようやく呪いは解けたみたいだ

しあわせになってもいいんだと思う

寝ている松田さんを隣で見るとか、吐かずにご飯を食べておいしいなとだけ思えるとか、そういうのしあわせなんだな

どうせ失うだろうとかどうせ不幸になるだろうとかもう思わなくていいかなあ

母親のことあのババアって笑って言えて嬉しかった

笑ったのはちょっと嘘だったけどこれから本当に笑っていられる気がした

今度はちゃんと前だってわかるし、もう大丈夫かもしれない

だから今日も明日も泣かないで進むんだよまなちゃん

(前に違うブログに書いた呪いはとけないという話の続きみたいなやつだな)