たとえば明日とか

たとえば明日とか死ぬ

生きる目的とか教えてやるよ

たまに過去に向けた手紙を書く

わたしは馬鹿だ。

散々過去に向かって、それからわたしのいない未来に向けて手紙を書いたのに何にも気づかなかった

わたしは何のために生きていたのだろうか

父親の為でも松田のためでもない。

全て過去のまなちゃんのために生きていたのに全然わかっていなかったよ

自分を殺すという事は自分の選んだ過去を全て否定するということに等しいのだとさっき気づいた

あぶなかったー!!!

わたしはわたしを肯定するために生きなければいけないんだね

誰も肯定しない過去をわたしが生きることで肯定する

とりあえずわたしが今この瞬間いきているという事は、過去が間違っていなかったという事だ

もっと言えば鬱とか言わずに元気に生きれば完璧に過去の選択を間違えなかったという事だ

そんな人いる?????????だから人類総精神病社会とか言われんだよばーか!!

しかしながらこれから元気に生きたいな

鬱だの躁だのゴタゴタぬかさずにただ猫と松田のことだけ考えて元気に生きたい

わたしはまなちゃんを肯定できるかな

いつか母親のことも肯定できるかなあ 

そんな日が来たらいいなあ

などとほざいている今も生理と試験に追われ死にそうになっているのである。乙カレー。

あ、1日だけ肺の構造を忘れさせてくれたら元気に生きられる気がするんですけど…どうですかね…だめですかね……慢性閉塞性肺疾患とか…もう嫌なんですけど……ちょっと…あの…お…おやすみ……

 

 

遺書というライフハック

遺書ってめっちゃ楽しくな〜い?

遺書歴8年である。はじめに遺書を書いたのは中学一年生の頃だったと思う

遺書の何が楽しいかと言うと生きながら死ねるという一点に尽きる

遺書のなかでわたしは死んでいる。生きながらなんどでも死ねるのだ。

まあリストカットとかするんですけど

しかし、死ぬことに回している頭を死んでいる事に使うなんて素敵じゃないですかー!

書きながらわたしが死んだ後のことをよく考える。松田は、それからお父さんは泣くだろうか。お父さんと母親と松田に臓器提供の決定ができるだろうか。

わたしはその時どこにいるのだろうか

大変不謹慎だがそういう事を考えるのはたのしい。親の殺害計画をたてる反抗期の中二病みたいなことだ。

しかも、最悪いつ間違えて死んでしまっても最低限伝えたいことはのこせるという一石三鳥感!

たまらないよね〜〜〜

遺書、たのしいよ!鬱病患者はみんな書けばいいと思う

秘密も隠し事もどうせ死んだ後だから何にも考えなくて良いし、超楽

死のう死のうと思って自殺方法を調べるよりずっと精神衛生が保たれる。

素晴らしいね!

あと途中で、えーこの人には個人的に手紙書いたほうがいいかなあとか面倒くさくなってだいたい未完成のままで終わるので、どうしても死にたくなったときにも、このまま死んでは遺書が、、、!という気持ちでギリギリ抑えることができるし大変よいなあと思っている(だいたいおさまる頃にメンヘラ薬が効くのでなお良い)

以上、すてきなライフハックでした〜

ちなみにライフハックは雰囲気でしか意味を知らないので使い方を大きく間違えている可能性があるが気にしないでおく

寝ろ!

 

来世はTENGAになりたい

わたしはもういっそのことTENGAになりたいよ

最近欲望が全くない

セックスしたいとか、この音楽が好きだとか、あの服が欲しいとか、そういう気持ちが全くなくなった

感情ですら本当は100あるはずなのに、薬によって10くらいになって、泣く事も思い切り笑う事もない

わたしなんて所詮死にたいだけの空っぽにそれらしい知識を詰め込んだものなのだから、それならいっそTENGAになりたかったな

美しい言葉だけ持って生きていたかった

それだけではだめなんだと気付いて困っていたら、お父さんがお金を稼ぐための階段と、学歴をぽいとくれた

簡単に死にたくて看護学校に入って、死にたくなくて哲学を勉強している

どうして看護師になろうと思ったの?と聞かれたから、「何かあった時に何も出来ない自分では悔しいから」とかそれっぽい事を言う

なんで哲学なの?と言われたら、「勉強が好きだから」と答える

それが世間の望んでいる答えなのだとわかっているからだ

思えばわたしの性格はすべてそうやって形成されてきた。母親の望む答え、お父さん望む娘、夫の望むわたし

それでも死にたい気持ちが邪魔をして、誰の望むものにもなれない、こんなろくでもない知識ばかり詰め込んだ虚無の人間が出来上がるのであれば、いっそTENGAにでもなってこの世の思春期男子のお役にでもたてばよかった

もう疲れたよ

珪藻土で丁寧に水分を吸収してもらって、なんども使ってもらえるTENGAになどなれなくていい

高校生男子が誕生日プレゼントでもらって、まあちょっと使ってみてもいいかなあと一度使ったところで謎の罪悪感にかられて捨てられるような、そんなTENGAでいいからもうわたしはTENGAになりたい

そうだ、来世はTENGAになろう

ちょっと間違って女の顔をかたどったオナホなどにはなりませんように。南無南無

 

おとなこども

生きて大人になってよかったのか

よく思う

大人になって良かったなあと思うことは沢山ある。

それは普通の21歳と同じだと思う

深夜の映画館でバカでかいコーラを飲んだり、何時でも関係なく漫画喫茶にもカラオケにも行けて、たばこを買う時の年齢確認に怯えなくても良い

でも大人はつらい。全部ではないけれど、子供の時よりわかってしまう、わかりたくなかったことも、それからわからなくなったこともずっとある

何もかも愛だと思っていた。牛の毛がちくちくするから嫌いだった四角いソファで、大好きだと抱きしめられたことだけが全てだった

抱きしめられたときの嫌悪感は今も忘れない

あれはちくちくの嫌悪感ではなかったのだと大人になったから気づいた

でもあれが本当の大好きだったと信じている自分もどこかにいるんだろう

だからわたしは子供でも大人でもないのだ

これから見た目も立場もどんどん大人になる

それなのに愛を信じたい子供のままのわたしはどんどん大きくなる

どちらが前なんだろうか

たぶん嘘ものの愛なんて信じている馬鹿な子供のままではだめなんだろう

しかしながらのうのうと深夜に映画館でコーラを飲んで、ああ幸せだとは思えないし、愛なんて別にわからなくてもいいや〜などと考えることは絶対にないだろう

こうやってよくわからない葛藤を繰り返すのが大人なのだろうか。わかってしまったし、わからないから仕方ないのか、それもわからない

でもわたしは深夜の映画館でコーラを飲んで幸せだと思いたいし、母親言った大好きの意味を知りたい

それは子供なのか大人なのかかわからないけどこの感情は前なのだと思う

だから明日も進むんだよ、まなちゃん

 

 

 

めでたしめでたしの続きは

わたしが悪かったです!!!!すみませんでした!!!!!

なんの謝罪だよという感じでしょうが続けるわ

人はプリンセスにはなれない

わたしは、たとえば明日とかを物語みたいにきれいに終わらせたかった。

それが正しいと思っていた

でも違うよね

ずっと本当を書いてきたのだから、結婚してハッピー!でおしまいじゃだめだよね

相変わらず鬱だし低気圧とか生理前とか言い訳ばっかりしているけど最近も毎日ぼんやり死にたいなあとおもって暮らしている

松田が100万近く滞納していた税金を毎月かつかつで支払い、欲しいものもあまり買えず、悲しいことも多い

死にたい、がぼんやりで済んでいるのは、抗不安剤のおかげだし、最近物欲もなくなってきたのはたぶんADHDの薬の副作用だと思う

結局のところわたしは薬がなければ死にたくてわがままなままなのだ

結婚したら余計に母親の影がつきまとって、余計死にたくなったような気もする

近所のジェラート屋に行ったり、たまにめちゃくちゃ美味しい(これまた近所の)イタリアンに行ったりするのが今の幸せである

十分な幸せだけど、死はいつまでもついてくる

鬱は心の癌だと昔仲が良かった人に言われたけれど、本当にその通りだなあと思う

いろいろ手立てを考えて少しだけ良くなることもあるけど、やっぱりまだ完治はしない

だから綺麗に終わりたかったけど残念、プリンセスにはなれなかったなあ

まなちゃんこれから頑張れるかな

とりあえず今日は頑張れまなちゃん!死を殺せ!!!!!!!!(?)


いつかまた

たとえば明日とかを読んでくださっていたみなさまへ

今日でこのブログはおしまいです

明日で飲み屋最後の出勤が終わって、ハプニングが起きるバーも来週月曜で終わりになる

昨日、お台場のスポッチャに行ってトランポリンをして、近くのスーパーで何味にする?とかいいながらポップコーンを買って、バリバリポップコーンやらキムチやらを食べながらアベンジャーズ(DVD化されているやつ)を見た

しあわせすぎて死にたくなくなって泣いていたらいつのまにか朝だった

いまはそういう普通の日々を送っています

生きていてよかったなと思って突然スーパーで泣き出してしまうこともあるけど、以前のように他の誰かとセックスをしたり、一緒にいるだけでわたしの気持ちが晴れるなんて思うななどと乱暴に思ったりしない、そういう普通を生きています

普通のつまんない女になんてなりたくなかったけど、松田のために普通でいたいと思って、毎日毎日クソみたいなことしか話さない授業にも出て、暇つぶしといえば全く知らない他人の悪口が書いてある5chをのぞくことくらいで、まあそうやって順調につまんない女になっている

それでよかったと思うし、それがよかったと思う

知るはずもなかった新元号を知って、当たり前みたいに、来るはずがなかった季節を過ごしています

こうやってわたしが生きているのはもちろん、松田や友人、父親のおかげであるけれど半分くらいはこれを読んでくれた人のおかげです

コメントをくれた人、スターをくれた人、会いに来てくれた人、そういう人がいたからわたしはせめてかとうまなとしてだけでも存在していていいんだと思ってこうして図太く生きてこられた

本当にわたしを、かとうまなを生かしてくれてありがとうございました

 

というまあそんな壮大っぽい終わり方はさておき新しいブログを始めました

看護学校と、めちゃくちゃ態度が悪い近所のコンビニ店員おぐらの悪口、あと松田と猫との生活しか書かない予定ですがまた見てくれる方がいたら嬉しいです

(もうセックス遊びをしたりしないのでなんとなく差別化のため新しくした)

https://iwtknw.hatenadiary.jp/

↑これね

 

これから

死にたくないと泣いている

特に何があったわけではない

死ぬのが怖い

猫も松田もわたしもいつか死ぬ

それが怖くて泣いている

逆にいうと死ぬのが怖くて泣けるようになったのだ

死にたくて死にたくて毎日泣いていたこと後悔している

どうか楽に死なせてくれと祈った分、ずっとつらくてもいいから不死にしてくれと何倍も祈るような日々である

ブログを初めて松田に会って、死にたかったのに死にたくなくなってしまった

ずっと弱くなった

病気も事故もなにもかも怖くて、あわよくば急な病や不慮の死を、と願っていたころのある種の強さを全くなくしてしまった

しあわせが怖かった

さっきまでぐずぐず泣いていたわたしを松田は笑って抱きしめた

しあわせは怖くなかった

むし暑くて重い毛布はしあわせだった

鼻水と涙まみれでやっぱり死にたくないともう一度泣いて、起き上がって猫に擦り寄るとうっとおしそうな顔をされた

これから何度も思い出すだろう

死にたかった汚い泣き顔の18歳は死にたくない21歳になった

死ななくてよかった