たとえば明日とか

たとえば明日とか死ぬ

暴力的、愛みたいな何かだ

誰が一番なの?ってたまに聞かれる

それはお前腹パンマンだよ

腹パンマンはコタロウさんという

1年ほど前に知り合ってから彼は絶対的な人なのである

絶対的であるがゆえに彼氏ができるたびにじたばたブロックとかしてた時期もあったけどもう諦めた

何回ラインブロックしてもティンダーで再会しちゃうんだもん無理だよ(言うて右スワイプをしているのはこのわたし)

諦めて以来、わたしは彼に呼ばれれば全てを放り出して中野のはじや新宿に向かう

恋愛的な好きではないんだろうと思う

というよりも恋愛にはしたくない絶対に

だって付き合うとか別れるとかで会えなくなるのが怖い

唯一無二の「オサダコタロウ」という人間を恋愛とかいうしょうもない事で失いたくない

コタロウさんは全くそんなこと思っていないことは100も1000も承知だがそれでもいい、彼の殴る穴が埋まるまでは一緒にいたいのだってこれは愛みたいな何かだと思う(というメンヘラ)

こないだ酔って撮ったプリクラ、2人じゃないプリクラをおそらくずっと捨てられないのも一番でない虚しさを感じ続けるのもわたしだけでいい

これからもコタロウさんが作ってくれるカレーやオムライスを毎回食べて殴られてセックスして、もういらないって言われるまでいる

それがわたしがコタロウさんに捧げられる愛みたいなまあ愛じゃないけど尊くて汚い何かの形なのかなあと思う

 

以上がこの間急に呼び出しをして、他の女の子と帰宅した腹パンマンを許すべく自分を納得させる為ひねくり出したわたしの暴力的な愛理論である