たとえば明日とか

たとえば明日とか死ぬ

普通じゃない

わたしは元々普通が好きだ。

高校を辞めた時や風俗で働いた時、経験人数が100を超えた時、それからハプニングバーで働き始めた時にも何より落ち込んだのは普通から外れてしまう、ということだった

自分の望む普通や誰かの希望通り、まじめに高校生活を終えて高学歴だと言われるような大学に入っていたら、今頃大学3年生だった。たぶん、サークルやバイトで少し羽目を外して、お酒を飲んだり飲まれたりしているうちになんとなく3年間が終わっていただろうと思う。

今頃からインターンに追われるようになって、来年なんとなく受かった会社に就職を決めてなんとなく社会人になって、なんとなく出会った人とほどよく付き合って結婚しただろう。そういう人生が送りたかったのに思っていたのとずっと違う人生になった

わたしを囲んだ大人たちから全速力で逃げているうちにすっかり大半の普通も当たり前もなくしてしまった

だから本当に死のうと思っていた。

電化製品も夏の服もほとんど処分して、遺書も書いた。3月公開の映画予告を見ればもう見られないんだなとぼんやり思ったし、冬服を買うたび春まで着られなくてごめんねと心の中で呟いた。

だけどどうやら生きていけるみたいだ

もう普通には戻れないけれど、来年3月に公開するという映画を見られるし薬を飲みすぎて朦朧とした意識の中で死ぬことばかり考えなくていい。それから今年買ったコートを来年も着られる、死にたくないと言ったら生きていていいよって返してくれる人がいる、ただそれだけで生きていてよかったと思う

永遠に終わらないカラオケも24時間営業の焼肉屋もこれから何度でも先輩と行ける。

いつか行きたかった美術館も続きが気になっていた漫画も、全部諦めなくていい。

普通じゃないけどもういいよ生きていけるならもう普通なんて望まないよ

神様仏様読者様どうもありがとういきててよかった

眠いし黒染めが終わるので適当に終わらせましたどうもすみません。今日は元気です。(風邪ひいて喉ガッサガサだけど)