たとえば明日とか

たとえば明日とか死ぬ

100万円35g

1年半と少し前、夫には滞納した税金が100万円以上あった。

結婚したとき、わたしも彼の責任を取らなくてはいけなくなったとき、その重大さに気付いていたかと言われたら全然わかっていなかったと思う

ところでわたしは今も阿保で愚かだ。来月からバイトをしないのに5万円のバッグを誕生日プレゼントとしてねだるような馬鹿だ。(しかももう半年に誕生日は終わった)

でももっと愚かだった。100万円の重さなんて全然知らなかった。

お金なんて誰かが勝手にくれるものだと本気で思っていた。だってお金という概念はわたしにとってずっとそういうものだった。

おそらくはじめて現実に直面したのは8万円近くのお給料を差し押さえされたときだった

夫は、高校を卒業してからずっと全ての税金を見事なまでに支払っておらず、たびたび来る赤い封筒も全く無視した結果、彼の住民税を6年間待ち続け、ついに怒り狂った埼玉県から給料が差し押さえられたというわけだ

去年の秋くらいだったと思う

それまではなんとなく分割手続きをしたものを毎月気分で払ったり払わなかったりしていたが、突然の8万円である。驚き桃の木も通り越して現実が横殴りのハンマーのようにわたしの脳みそを崩していった

幸か不幸かわたしの実家がそこそこに太く、泣きついてどうにか生活は進んだが、埼玉県の某市役所に夫の会社の社長と給料をすごすご持って行き、これ以上曲がらないのではないかというほど腰を曲げ、頭を下げたことはきっと一生忘れないだろう

それから、役所のあらゆる部署に電話をかけ、全ての滞納額を聞き出し、だいたい100万円を払わなければいけないこと、わたしの実習がはじまるまでに全て返さなければ生活が破綻することを改めて思い知らされた

頭が真っ白になるなど贅沢な時間はなく、滅多に働かない頭の中の電卓をひたすら叩き、「マジヤバ」とだけ思った

そうして100万円の恐ろしさを知ったわたしは、夜10時から朝6時までスーパー銭湯で働き、夕方から学校に行ったり、月曜から金曜の朝から夕方までアルバイトをして授業、土曜は朝6時に起きて夕方まで授業、帰って勉強をし、2週間に一度メンヘラ病院に行き、日曜は朝9時から夜9時までアルバイトという鬼のような生活をした

休み週0である

すねかじりのくせにそんな苦学生的な日々を送り、毎月お給料日になると全額を引き出し、束になった支払い用紙を持ってコンビニへ向かった。

お給料前には家中の小銭をかき集め、カップラーメンを食べて吐いた。15キロ近く痩せた。

しかし人というのは恐ろしいもので、休みが週0日でも、どんなに痩せても、なんとなく頑張れてしまう

そうしてなんとなくとても頑張って、今月やっと100万円の返済が終了した。

もちろん返済なので手に入れたものはない。

せいぜい毎月ぺたぺたと貼ってきた支払いの控えくらいである

質量でいうと35gぐらいだと思う

しかし、何も残らなかったかといえばそうではない。全く違う。

わたしはついにお金を知ったのだ。100万円は重かった。試験当日のアルバイト前に朝の満員電車で泣きそうになりながら勉強をしたことも、夫とほとんど顔を合わせることができないすれ違いの日常も、それからこんなクソブログを書くことができなくなったやりきれなさも、それら全部がお金の重さだった。知らなかった。誰も勝手に100万円くれなかった。

改めて両親を思う。勝手に100万円をくれた人たち。当然100万円どころではない。今も月に6万円、年間200万円を超える学費も、子どもの、与えられるものとして当然の権利と思っていた当たり前のものが、当たり前と違った

誰かに頭を下げて、寝る間も惜しんで、当たり前を与えたのだ。

わたしは愚かだった。今も愚かだ。でも少しだけ賢くなった。5万円のバッグはねだるけど、何もかも欲しがるけど、もう当たり前とは思わない。二度と。