たとえば明日とか

たとえば明日とか死ぬ

いつかまた

たとえば明日とかを読んでくださっていたみなさまへ

今日でこのブログはおしまいです

明日で飲み屋最後の出勤が終わって、ハプニングが起きるバーも来週月曜で終わりになる

昨日、お台場のスポッチャに行ってトランポリンをして、近くのスーパーで何味にする?とかいいながらポップコーンを買って、バリバリポップコーンやらキムチやらを食べながらアベンジャーズ(DVD化されているやつ)を見た

しあわせすぎて死にたくなくなって泣いていたらいつのまにか朝だった

いまはそういう普通の日々を送っています

生きていてよかったなと思って突然スーパーで泣き出してしまうこともあるけど、以前のように他の誰かとセックスをしたり、一緒にいるだけでわたしの気持ちが晴れるなんて思うななどと乱暴に思ったりしない、そういう普通を生きています

普通のつまんない女になんてなりたくなかったけど、松田のために普通でいたいと思って、毎日毎日クソみたいなことしか話さない授業にも出て、暇つぶしといえば全く知らない他人の悪口が書いてある5chをのぞくことくらいで、まあそうやって順調につまんない女になっている

それでよかったと思うし、それがよかったと思う

知るはずもなかった新元号を知って、当たり前みたいに、来るはずがなかった季節を過ごしています

こうやってわたしが生きているのはもちろん、松田や友人、父親のおかげであるけれど半分くらいはこれを読んでくれた人のおかげです

コメントをくれた人、スターをくれた人、会いに来てくれた人、そういう人がいたからわたしはせめてかとうまなとしてだけでも存在していていいんだと思ってこうして図太く生きてこられた

本当にわたしを、かとうまなを生かしてくれてありがとうございました

 

というまあそんな壮大っぽい終わり方はさておき新しいブログを始めました

看護学校と、めちゃくちゃ態度が悪い近所のコンビニ店員おぐらの悪口、あと松田と猫との生活しか書かない予定ですがまた見てくれる方がいたら嬉しいです

(もうセックス遊びをしたりしないのでなんとなく差別化のため新しくした)

ここはさいはて

↑これね

 

これから

死にたくないと泣いている

特に何があったわけではない

死ぬのが怖い

猫も松田もわたしもいつか死ぬ

それが怖くて泣いている

逆にいうと死ぬのが怖くて泣けるようになったのだ

死にたくて死にたくて毎日泣いていたこと後悔している

どうか楽に死なせてくれと祈った分、ずっとつらくてもいいから不死にしてくれと何倍も祈るような日々である

ブログを初めて松田に会って、死にたかったのに死にたくなくなってしまった

ずっと弱くなった

病気も事故もなにもかも怖くて、あわよくば急な病や不慮の死を、と願っていたころのある種の強さを全くなくしてしまった

しあわせが怖かった

さっきまでぐずぐず泣いていたわたしを松田は笑って抱きしめた

しあわせは怖くなかった

むし暑くて重い毛布はしあわせだった

鼻水と涙まみれでやっぱり死にたくないともう一度泣いて、起き上がって猫に擦り寄るとうっとおしそうな顔をされた

これから何度も思い出すだろう

死にたかった汚い泣き顔の18歳は死にたくない21歳になった

死ななくてよかった

 

 

まなちゃん愛を知るの巻

松田をあいしている

散々愛などよくわからないと言っていたが唐突に愛がわかってしまった

寝る前に毎日松田の顔をべろべろ舐め回しながら好きだ何だと言っていたが、ある日突然、これは大好きよりも上だ!と思った

透明な気持ちだった

なにか大切なものが透明なガラスに包まれて浮かんできたような、そういう気持ちだった

なに、愛ってかわいいじゃん!

わたしは誰かを愛したことなんてなかった

愛してるよなどと言われた日にはこのクソ嘘つき野郎しね!とすら思っていたし、愛なんて一生わからないと思っていたがわかったよ!愛!

しかし口に出したら割れてしまいそうなので松田には一言も愛してるとは言っていない(しかも恥ずかしいし)

たぶんこれからも言わない

それでも割れちゃいそうなこのガラスみたいななにかをずっと忘れずにいたいと思うのだ

わ〜よかった、愛を知った!

なんか変な感じなんだね、愛!

小さい頃、嘘ものの宝石を手に入れた時と同じ気持ちだ

 

21歳おめでとうきみが死なない未来の日

20歳のかとうまなちゃんへ

こんばんは。さようなら。

21歳のわたしから数分前までのまなちゃんに手紙を書きます

一言で言うとお前めちゃくちゃ頑張ったな〜〜!!!!!えら〜〜い!!!!!!という話です(終)(終わらない)

20歳、よく頑張ったよ

誕生日から1ヶ月、できたばかりの彼氏を容赦なく振りまたビッチを再開し、4月には看護学校に入学してハプニングバーでバイトもはじめたね

6月くらいにバカみたいないのちがけの恋が始まって、やけくそになってセックスとオーバードーズばっかりして、もう死のうと決めていた

毎日毎日薬を飲んで手首まで切って、遺書ばかり書いていたら急に松田さんと出会ってなんやかんや付き合うことになって結婚した

嘘みたいな話だね

21歳になれたのはいま目の前で眠そうにしているサキコや、お父さん、松田さん、それからヘキサゴンやハプニングバーの先輩のおかげです。でも一番に頑張ったのはまなちゃん自身だとわたしは思います

死にたい朝に何度も首を吊ったけど生きてきたね

生きていてくれてありがとう

もう大丈夫だよ

21歳の誕生日おめでとう

生き延びられて本当に良かった。

これからは楽しいことばっかり起きるように、20歳のまなちゃんが頑張って本当に良かったといつだって思うように、頑張ります

さようなら20歳のまなちゃん

21歳になったばかりのかとうまなより

 

ブログを読んでいてくれている方、友人のみなさま

21歳になれました(本当の誕生日です)

勝手に死にたくて勝手に頑張ったのはわたしだけど、一行のラインやコメントに励まされて1年間生きてこられました。ありがとうございました。いろんなことを諦めた1年間でもあったけど、同時に今までよりずっと人の優しさに触れた1年間でもありました。(まあこういうところで綺麗事を挟むのがわたしの悪い癖なんだけれども)

つまらなくなってもただの日常になってもブログは続けようと思っていますのでこれからもよろしくお願いします。

あ、ちなみに誕生日を次の日にまたいだところが年齢をまたぐ時的なのよく聞くんだけどいまさらそういう感覚ないので、お前が21歳になるのは26日になる瞬間だからね?とかいう意見は受け付けませんありがとう

松田になりました

理由はとくにない

強いて言うなら好きだから結婚した

1月30日午前7時、わたしと酔った松田はお風呂にぶくぶく浸かっていた

いつも通り、結婚しようよと言うと、いいよ今日しようと言うので、いけるの?いけるよ!とそれもまたいつも通り繰り返していたのだが、なんとなくどんどん真実味のある空気感になっていって、最終的に酔い覚めたという松田に本当にいいの?と聞かれたのでいいよ!と答えた

先にシャワーを浴びて出るとお風呂からうわあ!結婚するのお!イェー!えー!と叫び声が聞こえたが無視して黙々と婚姻届に必要な書類を調べ、やっと出てきて友達に保証人を頼む松田を横目にわたしも先輩に電話をかけた

おめでとういつするの?デキ婚?と聞く寝ぼけた出勤前の先輩に、違いますデキ婚じゃないです!そして今日です!今日印鑑ください!とゴネて予約を取り付け電話を切ると松田が泣いていた

あまりにぽろぽろ泣くのでなんだか笑ってしまった

準備をして区役所に行って婚姻届をもらって、それぞれの地元に帰って戸籍謄本を取って、それから先輩と松田の友人それぞれにサインをもらいに行った

松田曰くずっと先輩は目の前で店員が食器を落とした時の客の顔をしていたらしいが(どういう顔)松田の友人も同じような顔をしていた

それから渋谷に行って自分たちで叩いて作れという乱暴な指輪を買って、受付時間を10分過ぎた区役所で死んだ目をした職員の夜間受付を済ませ、無事婚姻届を提出した

そういうわけで松田になりました

厳密にいうと明日区役所からの電話が来なければ松田になっているのだけど

結婚が決まったら意外とごねごねごねごねプレ花嫁とかやるんだろうなと思っていたけど全く予想していないタイミングで突然の入籍をしてしまった

悩んで誰かに相談する隙すらなかった

どうせずっと一緒にいると思ったから結婚した

だから絶対これからしあわせになるんだ!

死ななくてよかったなあ

 

ところで下のやつ去年の春書いたブログなんだけど、もう松田じゃん、A君松田じゃん

今日ご飯どうする? - たとえば明日とか

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最後とか

葬式が終わった

前日は3時に布団に入って祖父のことを考えた

そういえば最後に会話したのはじゃあまたね、ありがとうだったと思い出して少しだけ泣いた

またねになれなくてごめんね何にもありがとうじゃないよ

10時に起きて喪服を着た

一生着たくなかった

望んでもいないのに真っ青ないい天気で腹が立った

祖父には信仰していた宗教もなく、希望もなかったのでお経を聞くこともなく火葬前に家で棺桶に花や手紙を入れた

みんな最後だからと手や頰に触れていたけど、いつかもっと近しい人も同じように冷たくなるのだと思い知るのが怖くてわたしは触れられなかった

わたしだけがこどもだった

やっぱり涙だけ勝手に出たけど棺の上蓋を閉めるときでさえ本当に最後なんだとは思えなくて悲しくはなれなかった

火葬される直前、最後だと言われて小さい子を抱き上げて祖父の顔を見せたけどわたしはもう見られなかった

最後になってしまうなんて嫌だった

2時間弱かかるという火葬の間、祖父はどこにいるのだろうと考えた

いつもお正月に集まる親族の、彼氏がどうとか子供の高校がどうとかそういういつもの会話を、祖父は聞いていたんだろうか

天国も地獄も幽霊も生きている人のためだけにあって死んだ人はもうなにも見えないしもうどこにも存在していないのだろうか

骨は当然、祖父の面影なんて残していなかった

白くて脆くてこんなものがあの弱った体を支えていたのかと思った

帰りは綺麗な夕焼けだった

痴呆気味の祖母は何度も、おとうさんがこんなに綺麗な夕焼け見せてくれたんだねと繰り返した

その度に何度もそうだねと答えてどんどん暗くなっていく空を見ていた

天国も地獄もないかもしれないけど、祖父がどこかでむかし死んだ犬と散歩でもしていたらいい

棺桶に忍ばすことができなかった手紙の代わりに今は書く

悲しいとかさみしいとかまだ思えない

 

祖父は

祖父が亡くなった

急だった、というほど急な話でもなかったが心の準備ができるほど時間があったわけでもなかった

一昨年の秋から何度も救急搬送を繰り返して、徐々に薄れていく感じがあったので、朝に父から電話が来た時も今度は本当にいってしまうかもしれないという気持ちと、今回もなんとか超えてなんとなく来年のお正月も過ごせるのではないかという気持ちが半分ずつ一瞬でよぎっていった

すぐに支度をして家を出た

泣きながらコンタクトレンズを入れるのは難しいんだな

タクシーの中で、オリンピックまで生きたいと言ったなとか、祖父がこうやって息を止めようとしている今だっていろんな人は先に向かって進んでいるんだなとか考えた

千葉に向かうわたしだって、ビルの工事を進めている作業員だって、この先に向かっていた

いまこの瞬間が1番祖父に近くて、この先は遠ざかっていくだけなら全部止めてくれと思った

病院に着くとやっぱり祖父はもう遠くにいってしまった後だった

じじ、と呼んだって少し前みたいに目をこちらに向けることも、まなちゃん来てくれたよと言う祖母の声で目を覚ましてわたしを呼ぶこともなかった

最後まで耳は機能するらしいという話を思い出したけど、どうしたって涙が出て元気な声で祖父を呼ぶことはできなかった

頑張ったんだけど間に合わなかったね、でもよく頑張ったよねと祖母が言って、しばくして医者が来て死亡確認が終わった

 一緒に来てくれた松田と父と近くのファミリーレストランにいってご飯を食べた

当たり前だけど大切な人がいなくなってもお腹は空くし眠くもなるし、仕事もしなければいけないんだなとぼんやり思いながらハンバーグだかカレーだかを食べながら取引先や会社の人間に連絡をする父を見ていた

勝手なことだけど、そういう父をきっと祖父は誇りに思っていただろうと思うし、いつも通りに生活を送ることを望んでいるだろうとも思った

もう一度病院に戻って祖父を見て家に帰った

砂時計の残り少ない砂がざっと落ちるみたいな死に方だった

もうすこし、もうすこしと思っているうちに永遠なんじゃないかとも思ったけどやっぱり落ち切ってしまった

ご冥福なんて祈られてももう祖父には会えない

時間を戻したとしてもこれから先のわたしを祖父が見ることはそれこそ本当に未来永劫ない

もう一生会えないんだな

生きていて欲しかった

心の中で生き続けるとかそんなのなんの慰めにもならない

心の中の祖父なんて所詮わたしでしかない

人工栄養でも人工呼吸器でも生きていて欲しかった

オリンピックが見たかった

もう何も叶わない

祖父はもうこの世界にいないのだ

新年号も世界情勢もわたしのこれからも何も知らずに今日の午前中9時に祖父の世界は終わった

亡骸にもう祖父はいないだろうしなにか祈る気にもならない

明後日祖父は骨になるらしい

生まれ育った川に散骨してほしいと言っていたらしいのでそのまま全部流してやりたいと思った

さようならか

ただ今は悲しむ気持ちも死を惜しむ気持ちもなんにも湧かなくてただせめて1番近い祖父をとどめておくためだけに書いてどうしたいとかそんなのなくもちろんタイトルをどうしたらいいかとかもわからずに公開する