たとえば明日とか

たとえば明日とか死ぬ

わたしの愛しきモンスター

朝7時前の藻塩橋で大森靖子のマジックミラーを歌いながら勢いよく自転車のブレーキをかけて足を挫いた女を見かけたなら、それはわたしである

あるいはその隣を同じく自転車で走るジムウェアをきた大柄な男を見たならそれが夫である

なんとなくわたしの夫について書こうと思う

夫は今年34歳になる。とにかく体のでかい人間である。わたしと会ったころはちょうどボディビルの増量期を終える頃だったのだが、太っていて大柄な人が好きと言ったらこの数ヶ月筋トレを休んで15キロも体重を増やし90キロになった。さすがに健康被害が出ると言って最近また筋トレに励んでいる。丸い顔にクーピーで描いたような垂れた目は小さくて、前歯のほとんどが折れた差し歯である。心優しいモンスターのような見た目だ

わたしと結婚してから発覚した頭頂部のはげをスキンヘッドで誤魔化している。見えるところにタトゥーが何個か入っていて、しかも非常にコミュニケーションが苦手な人間なのであまり他人からは受けない。

とにかく見た目が怖いことに目が行きがちだが、よく見ると優しい顔をしているし、小さな目と大ぶりな鼻を見た先にあるぼってりとした唇などはなかなか全体にバランスがよく、いい顔をしている

中身はというと非常にチャーミングな人間である。まず夫が最も好きなものはシナモロールである。あの白い犬だ。僕はシナモ、うさぎじゃないもん男の子の子犬だもん!で有名なあの犬だ。わたしは夫にこれまでいくつか細々としたプレゼントをしたことがあるが、そのほとんどはシナモのグッズであった。

また、夫はわたしの猫たちのことも非常に愛している。猫が家に来て2日、ペットカメラを購入し、2週間後には全自動トイレが導入された。そんなわけで今うちの猫たちは全自動餌やり機から出る餌を食し、全自動水やり機から出る水を飲み(これはサキコがくれた)、全自動トイレで排泄をしてベッド型爪研ぎで眠っている。ほとんど全て夫が買い与えたものである。やっと夫に慣れてきた猫を初めて抱っこした日、これ以上ないというくらい幸福な顔をしてこちらを見てきたこともある。

夫は普段から優しい人間だ。かなり優しい。この間もわたしの情緒が非常に不安定だった日に限界を迎えて爆ギレしていたし、怒ったところを見たことがないと言ったら嘘になるが基本的に非常に温厚な人間と言えよう。ちなみに血の気が多いということも全くなく、むしろ貧血ぎみである。

社会や外部、芸術に対してすごく獰猛で乱暴なところがあるが、自分の手の届く範囲のものには優しい。なお、歯がほとんど折れた差し歯なのは決して誰かと争ったからとかでなく音楽をしていた際にステージで歯を折って血を流すことがかっこいいと思っていたためらしい。ロックは難しい。

長々とのろけともラブレターともつかないことを書いたのでわたしの愛する夫という人間を少しはわかっていただけたかと思うが、そんな夫とわたしは昨日、本格的に子宮にいたものを失ったと言われた。

夫はすごく近い人を亡くしたことがある。本当はもう一度たりとも自分より長く生きるはずだった何もかもをなくしてほしくなかった。だから流産はしたくなかった。したくなかったといってもこればかりは染色体とか色々お腹の人間にも事情があるだろうから仕方ない。仕方ないねと言い合ってホームセンターまで長めに歩いて(本当は安静にしていないといけなかった)ガジュマルを買った。わたしはがじゅくんと名付けたつもりだったが、今日起きたら夫はがじゅたろうと呼んでいた。まあどちらでも良いだろう

がじゅくんだががじゅたろうだかがいても、もしこの先にまた妊娠することがあっても今回流産してしまったことは忘れないだろうと思う。

でもこんなにチャーミングな人がいてくれる毎日がきせきみたいなことだということももちろん忘れたことはない

こうして改めて書くことでありがたみを噛み締めようという魂胆であったが、ジムから帰宅した汗臭い夫が脇を見せながらじわじわ近寄ってきてありがたみもくそもないみたいな状況である。

ではまたね