たとえば明日とか

たとえば明日とか死ぬ

クローバーの花言葉

これからせんせいを捨てる

せんせいにまつわる全てを海に捨てに行く

夫はわたしを非常に束縛しているのだが、束縛では飽き足らず誰かのために切ったあとがある腕が許せないと上からなぞるようにかみそりでわたしの傷を切ったりもする。最近していたアルバイトもやめて欲しいと言われていまはずっと夫のそばにいる。しかしそんなことをしている間にも人の精神までは縛れないことに気づいたらしく、まなちゃんの全部を上書きしたいと言ってきた

本当に全部なのと何度も聞いたが、何度聞いても全部だと言うのでわたしも覚悟を決めるかと思った

すでに写真もスクリーンショットも全て消して引越しの荷物の中からせんせいに関するものだけまとめた

せんせいのことが今でもすき、口癖になったようなことを言ってみる

夫のことは好きだ。愛しているとも思う

いつか僕以外のことを僕より愛すること、わたしのしあわせはそういうことだとせんせいが言った

わたしは夫を好きになるまでずっと普通みたいに人を愛せると思っていた。せんせいをすきになったように純度高く、なんの混じり気もなく人を愛せる日がいつか来ると思っていた

最後までせんせいを愛していなかったのは、わたしがただそういう純粋な愛し方のできる人間でないからだとわかった。

結局精神的であれ肉体的であれ痛みを伴わない愛を受け入れることも、あんなに優しく強く人を大切にすることができる人に憎しみと似た愛し方をしたいはずもなかった。

ただわたしにはまっとうで純粋な愛はできなかった。まっとうに純粋に人を愛することができるとしたらそれはおそらく子供に対してだけだろうと思う

夫の愛し方は一般的に間違っている。そんなことは知っている。それでもわたしには1番ぴったりした愛なのだと思う。だからわたしもできるだけ愛したい。可能な限り強く、深く、方法が間違っていてもそうしたい。

ただもう死んでもせんせいに会えない。会えないことに決めた。会いたくないのではなく会うことは選べないと思う

世界で一番大事なひとだった。何よりも大事だった。今までずっとせんせいがいたから生きてこられた。今でもせんせいのことがすき。何もかもがなくなってもわたしだけはずっとせんせいのことがすき。そう思っていた。なによりもすきだった。せんせいのことが今でもすきだった。

せんせいのことは1人で捨てに行く。唯一もらった四葉のクローバーのついた栞をすてる。四葉のクローバーの花言葉を今初めて知ってなんだかわたしは消えてしまいたい。せんせいはこれを知っていたんだろうか。はじめて貸した本も最後に撮ったぶれぶれの写真も全部捨てる。もう積み重ねることはない思い出を捨ててわたしはせんせいに会うことはないこれからを生きていく

せんせいさようなら。いつも震えて聞こえる声も笑ったとき鼻がくしゃくしゃになる顔も体格の割にごつごつした手の感触も全部少しずつ忘れていくんだと思う。捨てたことを後悔する日もくる。でもさようならだ。わたしはなによりもずっとせんせいのことがすきだった。