たとえば明日とか

たとえば明日とか死ぬ

こんにゃくたまごちくわぶ

結婚した。

わたしの人生はいつだって急速に進んでいて、世界は遅い。でもどこに行ったらいいかわからなくて、泣きながら走っていたらおんなじ風に行き先に困っている人にぶつかった。どこに行くかわかんないけど一緒に行こうよ!って誘ったら来てくれた。そういう感じに結婚した。

好きだからとか愛しているからとかそういうわけではないけど、わたしと彼だけが納得できる理由があれば良いと思う。

みずから死ぬことを選ぶときはお互いを殺す覚悟で死のうと約束した。死なないことよりずっと信用できると思った。 

これまでの25年間を生き抜いてきた。これからは生きたいと思う。生き抜くのではなく生きたい。人生をしたい。昨日はおでんを作って今日の朝に食べた。冬瓜があんなに大きくて煮物以外の使い道がなくて味が染みる野菜だということもはじめて知った。生きてるなと思う。来週はユニバーサルスタジオに、来月は樹海で2月は沖縄、3月はニューヨークに行く。一見楽しいことばかりにみえる日常にも楽しくないことは紛れ込んでいるだろう。

こどもが欲しいと話す。こどもを作ろうとかどういうふうに育てようとかいう過程ですでに自分を育てた環境に直面することになり、泣いたりわめいたりしているが、これからもそういうことはたくさんあるだろうなと思う。それでも一緒にやろうと言ってくれる人だ。これからを一緒にやりきる。想像できないような悲しいこととか、うれしいこととか数えきれないほどたくさんあって、そのたびにわたしはえんえん泣くだろうし、その人も大きな体で小さく泣くと思う。それでもやりきる。

泣いたり笑ったりするけど死んじゃうときは楽しかったって思います。飾れる婚姻届けに書いた。絶対に長生きして楽しかったって言ってもらおうと思う。わたしは生きててよかったってもう思いたくない。生きててよかったって思わないくらい当たり前に生きたいし、死にたかったことも鮮明には思い出せないほど遠くにいきたい。そういうふうに傲慢に生きたい。

今日の夜は本番のおでん食べる。結婚した人はこんにゃく好きで、彼の大事な人はたまご、わたしはちくわぶがいい。これから大事な誰かが増えて入れたい具もたくさんになったらいい。キモポエマーみたいなことをながながと書いたが、とにかくわたしはこれから生きていくということだ。一人じゃなくいきていく。たのしく。

またね

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